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東京地方裁判所 平成元年(ワ)10205号 判決

原告

鈴木徹臣

鈴木裕代

右両名訴訟代理人弁護士

西村三瀦

被告

鑓溝松男

右訴訟代理人弁護士

江口高次郎

江口弘一

主文

一  被告は、原告らに対し、昭和六三年七月一日から平成元年六月二日まで月額金二二万二二〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明け渡し、かつ昭和六三年七月一日から右明渡済みまで月額金二二万二二〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと石原延郎が所有していたところ、前田正は、石原延郎から本件土地を普通建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、本件土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築して本件土地を使用していた。

2  前田正は、昭和二二年五月八日に死亡し、被告は、同年一一月二七日、前田正の相続人から本件建物の所有権とともに本件土地の賃借権を譲り受けた。

3  本件土地については、石原延郎が昭和二〇年五月一六日家督相続により石原万助からその所有権を取得した後、鈴木銀蔵が、昭和二四年六月三〇日、石原延郎から本件土地を買い受け、本件土地の賃貸人の地位を承継した。

鈴木銀蔵は、昭和四七年一一月一六日に死亡し、その子である原告両名が本件土地の所有権を相続により取得し、本件土地の賃貸人の地位を承継した(以下、原告両名と被告との間に承継された本件土地の賃貸借を「本件賃貸借」という)。

4  原告らと被告は、昭和五一年八月一日、本件賃貸借契約を賃貸期間を二〇年と定めて合意更新した。

5  原告鈴木徹臣(同鈴木裕代の代理人としての地位も兼ねる)は、昭和六一年末に地代家賃統政令が廃止されることなどを契機に、同年一二月二〇日、被告の代理人鑓溝隆男と、本件土地の地代(本件賃貸借契約における賃料をいう)を昭和六二年一月一日から同年六月三〇日までは本件土地の固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という)の三倍を目処にして月額金一九万〇五〇〇円に、同年七月一日からはその3.5倍を目処にして月額金二二万二二〇〇円にそれぞれ増額するとの合意(以下「本件合意」という)をした。

6  被告は、昭和六三年七月一日以降の本件土地の地代を支払わないので、原告らは、同年一二月二九日到達の内容証明郵便によりその支払いを催告した後、平成元年六月二日到達の内容証明郵便により右不払いを理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

7  よって、原告らは、被告に対し、右解除に基づき、本件建物を収去して本件土地の明渡し並びに昭和六三年七月一日から平成元年六月二日までの月額金二二万二二〇〇円の割合による未払賃料及び同月三日から本件土地の明渡済みまでの右同額の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の事実は否認する。

被告は、昭和六一年一二月三一日、原告らとの間で、新しい地代を決めるまでの暫定的な地代として昭和六二年一月分から同年六月分まで月額金一九万〇五〇〇円とするとの合意をしたことはある。

3  同6のうち、原告ら主張の各内容証明郵便が被告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  弁済供託

(1) 被告と原告らとの間では、前記のように昭和六二年七月一日以降は本件土地の地代についての合意がなされていなかったので、被告は、右合意以前の地代である月額金一〇万六四〇〇円の二割増しである月額金一二万七六八〇円を相当な地代と考え、原告らに送金した。

(2) しかし、原告らは、本件土地の地代は月額金二二万二二〇〇円であると主張し、右送金にかかる地代を内金として受領したが、これは地代の受領を拒絶するものである。

(3) 被告は、右受領拒絶により、昭和六三年七月一日以降本件土地の地代として月額金一二万七六八〇円を供託している。

2  背信事由の不存在

(1) 仮に右供託が無効であり、原告らの主張する地代の不払いが認められるとしても、次の事情により、被告は賃貸人である原告らに対する信頼関係を破壊していないから、原告らの前記解除は無効である。

(2) 被告と原告らとの間で、本件土地の地代につき昭和六二年一月分から同年六月分までは新地代が決められるまでの暫定的な期間として月額金一九万〇五〇〇円にするとの合意が成立し、被告は、同年六月分まで右金額を支払った。

また、昭和六二年七月分以降の地代については、右暫定期間中被告と原告らとの間で話し合いが続けられたにもかかわらず新地代が決められなかったので、被告は、従前の地代を支払えば足りるところ、前記のように、月額金一二万七六八〇円を原告らに送金したが、原告らの受領拒否により、昭和六三年七月一日以降右金額を供託している。

(3) 被告が支払ってきた月額金一二万七六八〇円の地代は、原告が本件土地の地代の算定基準としている本件土地の固定資産税等の税額を下回るものではなく、不当な額ではない。

(4) 被告は、右暫定期間後も、原告らと本件土地の地代の改訂につき話し合いを続けており、本件土地の新しい地代が決められれば、その差額を支払う用意がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1については、(1)のうち被告が昭和六二年七月一日以降月額金一二万七六八〇円を原告らに送金したこと、(2)のうち原告らが本件土地の地代を月額金二二万二二〇〇円と主張し、被告が送金した月額金一二万七六八〇円を内金として受領したこと、被告が昭和六三年七月一日以降本件土地の地代として月額金一二万七六八〇円を供託していることは認めるが、その余の事実は否認する。

借地法一二条二項によれば、地代の増額について当事者間に争いがある場合には、その係争期間中、賃借人の提供する地代は、賃借人にとっては地代の全額、賃貸人にとっては地代の内入れとなるものであるから、本件のように原告らが被告の提供する地代を内入れであるとして受領することは、借地法の本来予定している姿であり、原告らがこの受領を拒否する必要はない。そして、本件においては、原告らは、被告が提供する地代が前記のように合意された地代額に不足しても、受領拒否をしないと明言しているのであるから、被告の右供託は、その要件を欠き、無効である。

2  同2のうち(1)の事実は否認する。

(2)のうち、被告が本件土地の地代として昭和六二年一月分から同年六月分まで月額金一九万〇五〇〇円を原告らに支払い、同年七月以降月額金一二万七六八〇円を原告らに送金し、昭和六三年七月分以降は右同額を供託していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(3)のうち、原告らが本件土地の算定に当たって本件土地の固定資産税等を基準としていることは認めるが、その余の事実は否認する。

(4)の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因について

1  請求原因1ないし4の事実、同6のうち原告らが昭和六三年一二月二九日到達の内容証明郵便により本件土地の地代の支払いを催告した後、被告に対し平成二年六月二日到達の内容証明郵便により本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、本件においては、先ず、右解除の理由とされた、被告に本件土地の地代の不払いがあったかどうかが争点となるが、その前提として、原告らが請求原因5において主張するような地代増額の合意(本件合意)が成立したかどうかなどの点が問題となるので、以下検討する。

右成立に争いのない事実に、〈証拠〉を総合をすると、次の事実が認められる。

(1)  本件土地は、もと石原万助が所有するものであったが、昭和二〇年五月一六日、石原延郎が家督相続によりその所有権を取得した後、昭和二一年八月一日、前田正が、石原延郎から本件土地を普通建物所有を目的として期限の定めなく賃借し、本件土地上に本件建物を建築して本件土地を使用していた。

前田正は、昭和二二年五月八日に死亡し、被告は、同年一一月二七日、前田正の相続人から本件建物の所有権とともに本件土地の賃借権を譲り受けた。

被告は、長年にわたり前田無線株式会社を経営し、本件建物の一階をその店舗として使用していたが、右会社の経営をその子である鑓溝隆男に譲り、現在鑓溝隆男が右会社の代表取締役となり、本件建物の一階を右店舗として使用し、その二階を家族とともに居宅として使用している。

(2)  石原延郎は、右のように昭和二〇年五月一六日家督相続により石原万助から本件土地の所有権を取得し、昭和二八年四月二八日、その旨の所有権移転登記を経た後、同年六月三〇日、鈴木銀蔵に本件土地を売り渡し、同日、その旨の所有権移転登記がなされ、鈴木銀蔵は、本件土地の賃貸人の地位を承継した。

鈴木銀蔵は、昭和四七年一一月一六日に死亡し、その子である原告両名が本件土地の所有権を持分二分の一の割合で相続により取得し、昭和四八年六月一八日その旨の所有権移転登記を経て、本件土地の賃貸人の地位を承継した。

原告らと被告とは、昭和五一年七月二六日、本件賃貸借を、同年八月一日から期間二〇年、営業所及び住居を目的として、地代を月額金六万二〇〇〇円、毎月末日までに翌月分を原告ら又はその指定する者の住所に持参して支払うとの約定で合意更新した。右合意更新に当たって、被告は、原告らに対し、更新料として金三二〇万円を支払った。

(3)  被告は、昭和二八年、その詳細は明らかではないが、当時の賃貸人であった原告らの父鈴木銀蔵との間で本件賃貸借につき紛争を生じたため、同年五月から地代を供託し始め、昭和三〇年一月からは月額金三六〇四円(年額金四万三二四八円)を毎月供託し、その後昭和五一年七月まで右同額の供託を続けた。その間、鈴木銀蔵は、被告を相手方として本件土地の明渡請求訴訟を提起したこともあったが、右訴訟も敗訴に終わった。

その後、右のように、昭和五一年七月二六日、原告らと被告との間で本件賃貸借が合意更新されたが、その際、原告らは、それまで長年続けられた右供託金の還付を受けるとともに、本件土地の地代については地代家賃統政令が適用されるものであったため、被告との間で、これを同年八月から本件土地の固定資産税等を基準にして地代家賃統政令に定められた算定方式に従って月額金六万二〇〇〇円に増額することを合意した。

原告らは、本件土地の地代の取立て、増額請求、その交渉等を不動産業者の山崎広義に委ねていた。本件土地の地代は、本件賃貸借契約上は被告の持参払いとなっていたが、実際上は山崎広義が取り立てていた。

本件土地の地代については、その後、原告らは、その代理人山崎広義を介して、被告との間で、本件土地の固定資産税等が引き上げられると、地代家賃統政令の定める算定方式に従って、たびたび増額の合意をし、昭和五二年八月から月額金六万八〇〇〇円に、昭和五三年八月から月額金七万一〇〇〇円に、昭和五四年八月から月額金七万四六〇〇円に増額された。ところが、その後は、本件土地の固定資産税等が引き上げられたにもかかわらず、原告らから本件土地の地代の増額の請求がなされないままであった。昭和六〇年になると、それまでは山崎広義が本件土地の地代を被告方に取立てに赴いていたが、同年一月ころ、山崎広義は、原告らのための本件土地の地代取立等の業務を止めることとなり、被告に原告鈴木徹臣名義の銀行預金口座に振り込んで支払うよう依頼した。被告は、昭和六〇年二月以降本件土地の地代を右預金口座に振り込んだ。また、そのころから、原告鈴木徹臣が本件土地の地代の取立て、増額の請求、その交渉等の管理を行い、原告鈴木裕代をその範囲で代理することとなった。

原告鈴木徹臣は、本件土地の固定資産税等が引き上げられていたにもかかわらず、本件土地の地代がそれに応じて増額されていなかったので、昭和六〇年六月ころ、被告に対し、本件土地の地代を地代家賃統政令の定める算定方式に従った金額に増額するよう申し入れ、同年六月から月額金九万三一〇〇円に増額するとの合意が原告らと被告との間に成立した。

原告鈴木徹臣は、昭和六一年六月二三日ころ、本件土地の固定資産税等が引き上げられたため、従前同様に地代家賃統政令に定める算定方式に従ったものとして本件土地の地代を月額金九万八六〇〇円に増額することを申し入れ、被告の承諾を得て、同年七月から右金額に増額するとの合意が原告らと被告との間に成立した。また、原告鈴木徹臣は、その際、被告に対し、被告が昭和六〇年二月から昭和六一年六月までの本件土地の地代について銀行への振込手数料金六〇〇円を毎月差し引いて振り込んでいたので、その間の不足分の地代として合計金一万〇二〇〇円を支払うよう請求した。

しかし、原告鈴木徹臣は、同年七月二一日ころ、右増額の算定方式に誤りがあったとして、再度本件土地の地代を月額金一〇万六四〇〇円に増額することを申し入れ、被告の承諾を得て、同年八月から右金額に増額するとの合意が原告らと被告との間に成立した。

(4)  ところが、その後、原告鈴木徹臣は、地代家賃統政令が昭和六一年一二月末をもって廃止されることとなったので、本件土地の地代もそれに応じて増額し、また、本件建物も相当古くなったので、本件土地に隣接して原告らが所有する土地(東京都台東区上野六丁目七番二の宅地78.67平方メートル)とともに本件土地を今後有効利用したいと考え、被告に対し、そのための話合いを申し入れた。そこで、同年九月一三日、東京都台東区東上野所在のホテルにおいて、原告鈴木徹臣、被告、鑓溝隆男が会ったが、被告は、右の話合いが始まる前に、本件建物で前記会社の店舗を営業し、また家族とともに居住していた鑓溝隆男に右の交渉を委ね、退席した。原告鈴木徹臣は、鑓溝隆男に対し、地代家賃統政令の廃止に伴い、本件土地の地代を世間相場並みに増額したいこと、本件建物が老朽化したので、本件建物を取り壊し、新しいビルを共同で建築するなど本件土地につき今後の利用計画を立てたいこと、前記未払分の地代金一万〇二〇〇円を支払うことを要請し、自分で作成した従前の本件土地の固定資産税等と地代に関する一覧表(〈証拠〉)を交付した。その際、原告鈴木徹臣は、本件土地の明渡しを求めたことはなかった。

鑓溝隆男は、右要請のうち、右未払分の地代を支払うことを承諾したうえ、地代の増額についても基本的には増額に応ずることとし、本件土地の今後の利用計画については具体的な利用計画を被告側で立てることとし、原告鈴木徹臣と再度交渉をすることとなった。

そこで、同年一〇月一五日、鑓溝隆男が原告鈴木徹臣の希望により、同原告の当時の勤務地である岐阜県中津川市に赴き、同市内の飲食店で同原告と会った。鑓溝隆男は、本件土地の利用計画を立てることとなっていたが、当日までに準備をすることができず、また、右未払分の地代の支払いを約束したものの、地代の増額については、原告鈴木徹臣との間で増額の幅の点で合意に至らなかった。原告鈴木徹臣は、本件土地の地代を地代家賃統政令の廃止後は世間相場並みの固定資産税等の三倍ないし四倍に相当する金額に増額するとの主張をし、鑓溝隆男がこれを承諾しなかったので、地代の増額については物別れとなった。

そして、原告鈴木徹臣と鑓溝隆男との間でさらに協議を続けることとなり、同年一二月二〇日、前記ホテルで会うこととなった。原告鈴木徹臣は、地代家賃統政令が廃止される同月末日までに新たな地代に関する合意が成立し難い状況になったので、右会合に先立ち、同月一七日ころ、被告に対し、書面で、昭和六二年一月から同年六月までを暫定期間として、その間の地代を本件土地の当時の固定資産税等の3.5倍に相当する月額金二二万二二〇〇円に増額し、その間に公的機関により地代の調整をしたいとの提案をした。

昭和六一年一二月二〇日、原告鈴木徹臣と鑓溝隆男が右ホテルで会い、本件地代の増額につき協議をしたが、原告鈴木徹臣は、右書面に基づき、昭和六二年一月から同年六月までを暫定期間として右のように金二二万二二〇〇円に地代を増額し、その間に不動産鑑定士協会に地代の鑑定を依頼し、同年七月以降は右鑑定結果に従って増額するとの案を説明した。鑓溝隆男は、事前に被告と一応相談していたが、原告鈴木徹臣の右提案に対し、右鑑定には多額の費用を要することになるとして反対し、また、地代を固定資産税等の3.5倍に増額することは従前の地代に比べ急激な増額となるので、右の期間中は固定資産税等の三倍に相当する月額金一九万〇五〇〇円に増額し、その代わり同年七月以降は同原告の右提案に応じて月額金二二万二二〇〇円と増額する旨を回答した。原告鈴木徹臣は、鑓溝隆男の右提案を承諾し、原告らと被告との間に、本件土地の地代を同年一月から六月までは月額金一九万〇五〇〇円に、同年七月以降は月額金二二万二二〇〇円にそれぞれ増額する旨の合意(本件合意)が成立した。その後、原告鈴木徹臣は、本件合意の内容を確認するため、昭和六一年一二月二三日ころ到達の書面により、被告に対し、右のように成立した本件合意の内容を通知した。

(5)  鑓溝隆男は、被告の代理人として本件合意を成立させたものであるが、その内容を被告に報告したところ、被告は、右のように鑓溝隆男に本件土地の地代の増額交渉を任せていたにもかかわらず、本件合意にかかる新しい地代が高すぎるとしてこれに反対し、昭和六一年一二月二九日、原告鈴木徹臣に対し、本件土地の地代を固定資産税等の2.5倍程度に変更することを申し入れたが、同原告の応ずるところではなかった。被告は、本件賃貸借契約上同月末までに支払うこととされていた昭和六二年一月分の地代を、右期限までに支払わなかった。

被告は、昭和六二年一月二一日、原告鈴木徹臣に対し、前記の未払地代金一万〇二〇〇円を同原告名義の前記預金口座に振り込んで支払ったものの、右のように本件合意が成立したにもかかわらず、昭和六二年一月分の地代として、本件土地の固定資産税等の2.5倍に相当する金一五万八七七〇円を右預金口座に振り込んだ。そして、その直後の同年一月二四日、被告は、本件合意により定められた本件土地の右一月分の地代と右支払済みの金額との差額として、右預金口座に金三万一八〇〇円を振り込んだ。もっとも、この支払いは、本件合意に基づく地代より金七〇円の支払いすぎであった。

また、右一月二四日、原告鈴木徹臣と鑓溝隆男は、東京都渋谷区渋谷所在の喫茶店で会い、本件土地の地代を話題にしたことがあったが、鑓溝隆男は本件合意に異議を述べたことはなかった。

しかし、被告は、その後も、同年二月分から同年五月分までの地代につき自分の主張に従い金一五万八七七〇円ずつ右預金口座に振り込んだが、同年五月ころ、原告鈴木徹臣は、原告鈴木裕代に預けていた右預金通帳を見て、右振込金額が本件合意に基づく地代に足りないことに気付き、同月二六日ころ、被告に対し、右期間の地代の不足分合計金一二万六八五〇円と同年六月分の地代金一九万〇五〇〇円を支払うよう催告した。被告は同年六月一二日、右催告に応じて、右不足分と右六月分の地代の合計金三一万七三五〇円を右預金口座に振り込んだ。

このように同年一月分から同年六月分までの地代については、被告は、本件合意に従って地代を支払ったものの、同年七月分以降の地代については、同年六月二五日ころ、鑓溝隆男が書面により原告鈴木徹臣に対し、前記金二二万二二〇〇円に増額するとの本件合意は成立しておらず、今後地代の改訂につき話し合っていきたい意向を明らかにし、被告としては従前の地代月額金一〇万六四〇〇円の二割増しの金一二万七六八〇円を新しい地代としたいとの提案をした。しかし、原告鈴木徹臣は、本件合意が成立しているとして、被告の右提案を承諾せず、同年七月ころ、鑓溝隆男に会合を求め、東京都港区浜松町所在の喫茶店で鑓溝隆男と会って、右の問題を協議したが、物別れに終わった。そのため、被告は、本件合意にもかかわらず、同年七月一七日には七月分の地代として金一二万七六八〇円を、同年八月七日には八月分の地代として右同額の金員をそれぞれ前記預金口座に振り込むに至った。

これに対し、原告鈴木徹臣は、振り込まれた右金員が本件合意に従ったものではなかったため、同年八月二日ころ到達の書面により、被告に対し、本件土地の地代が月額金二二万二二〇〇円に増額することで合意されているとして、右金額の地代を支払うよう催告するとともに、被告が右金額の地代を支払わない場合には、振り込まれた右金員を返送する旨を通知し、同月二六日ころ、右二か月分の地代を郵便局の普通為替として被告にこれを送付して返還した。また、被告は、同年八月二八日、同年九月分の地代として金一二万七六八〇円を右預金口座に振り込んだ。そして、被告は、同年九月七日、受領拒否を理由に、自分の主張に従って右七月、八月分の地代として合計金二五万五三六〇円を供託した。その後間もなく、原告鈴木徹臣は、右供託金の還付を受けるとともに、右九月分の地代について金二二万二二〇〇円の内金として領収した旨の領収証を被告に送付した。鑓溝隆男は、その後同年一〇月一二日ころ、右領収証を原告鈴木徹臣に返送した。

被告は、原告鈴木徹臣が被告の支払う地代を右のように内金として受領するだけとなったので、同年一〇月分から昭和六三年一月分までの地代につき、自分の主張に従って毎月金一二万七六八〇円ずつ供託した。

これに対し、原告らは、昭和六二年一二月二四日ころ到達の内容証明郵便により、被告に対し、たとえ被告が支払う地代が原告ら主張の金額よりも少なくても、内金として受領し、後日地代が決定してから清算したいので、右のような供託を中止し、従前同様の方法で地代を支払うよう申し入れたが、他方、被告は、同年一二月二九日ころ到達の書面により、原告らに対し、原告らの受領拒否のため仕方なく供託したが、銀行振込を望むならば次回から考慮したいし、地代については話合いを続けていきたいとの意向を示し、昭和六三年一月三〇日には同年二月分の地代として金一二万七六八〇円を再び前記預金口座に振り込んで支払った。被告は、その後も、同年二月二九日、三月三一日、四月三〇日、五月三一日といずれも右同様の金額をその翌月分の地代として右預金口座に振り込んだ。原告鈴木徹臣は、右振込の都度、被告に右金員を地代の内金として領収した旨の領収書を送付したが、被告は、右領収書を同原告に返送した。

(6)  このように、被告が本件合意によって定められた地代額を争っていたところ、原告鈴木徹臣は、同年六月一七日ころ到達の内容証明郵便により、被告に対し、本件土地の固定資産税等が大幅に増額されたので、同年七月一日以降本件土地の地代を月額金二六万九〇〇〇円に改訂したい旨を通知した。被告は、右通知に態度を硬化させ、同年六月二三日ころ到達の内容証明郵便により、原告鈴木徹臣に対し、右改訂を承諾することができず、本件土地の地代は金一二万七六八〇円が相当であるし、原告らが今後地代の受領を拒否するようであるので、地代を供託する旨を通知するとともに、同月二九日、金一二万七六八〇円を本件土地の七月分の地代として供託し、以後同様の供託を続け、現在に至っている。

原告らは、同年一二月二九日到達の内容証明郵便により、被告に対し、たとえ被告が支払う地代が原告ら主張の金額よりも少なくても、内金として受領し、後日地代が決定してから清算したいので、供託を中止し、地代を従前同様に支払ってほしい旨を伝えたが、被告は、その後も右のように供託を続けている。

原告らは、平成元年六月二日到達の内容証明郵便により、被告に対し、被告が昭和六三年七月一日以降地代を滞納していることを理由に、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。被告は、これに対し、平成元年六月六日ころ到達の内容証明郵便により、原告らに対し、原告らが地代の受領を拒否したため、地代を供託しており、本件賃貸借契約の不履行はないので、本件土地の新しい地代を話合いで決めたい旨を申し入れた。

原告らは、同年八月二日に至り、地代の不払いにより本件賃貸借契約を解除したことを理由に、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求める本件訴訟を提起した。

(7)  被告は、現在、本件土地の地代として、本件土地の固定資産税等の3.5倍相当の金額を支払ってもよいし、その基準によって定められる地代と被告が既に支払った地代との差額を遡って支払ってもよいとの意向を有している。

以上の事実が認められる。

〈証拠〉中右認定に反する部分は、前掲のその余の各証拠に照らして信用し難いし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定によれば、原告らが請求原因5で主張するように、被告は、本件土地の地代を改訂するについて、その子であり、本件建物に居住し、前記会社の店舗を営業している鑓溝隆男にその交渉、決定の代理権を与えており、鑓溝隆男が被告の代理人として原告鈴木徹臣(同鈴木裕代の代理人としての地位も兼ねる)と交渉し、昭和六一年一二月二〇日、本件土地の地代を昭和六二年一月分から同年六月分まで月額金一九万〇五〇〇円に、同年七月分以降月額金二二万二二〇〇円にそれぞれ増額することを合意(本件合意)したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

また、右認定によれば、原告らが請求原因6で主張するように、被告が本件土地の地代として昭和六二年七月一日以降月額金二二万二二〇〇円を支払っていないことが認められ、反証はない。

二抗弁について

そこで、次に、原告らによる本件賃貸借契約の解除が有効であるかどうかについて検討する。

1  被告は、抗弁1において、先ず、昭和六二年七月一日以降の本件土地の地代について増額の合意がなされていなかったので、相当の地代として月額金一二万七六八〇円を原告らに支払った旨を主張する。抗弁1のうち、被告が昭和六二年七月一日以降月額金一二万七六八〇円を原告らに送金したこと、原告らが本件土地の地代を月額金二二万二二〇〇円であると主張し、被告が送金した月額金一二万七六八〇円を内金として受領したこと、被告が昭和六三年七月一日以降本件土地の地代として月額金一二万七六八〇円を供託していることが当事者間に争いがないことは前記のとおりであるところ、なるほど、賃貸人から地代の増額請求がなされ、賃貸人と賃借人との間でその増額につき協議が調わない場合には、賃借人は、増額された新たな地代が協議、裁判により決められるまでは、相当と認める地代を支払えば足り、相当と認める地代を支払っている限り、後にそれを越える地代が決められたとしても、賃貸人において地代の不払いを理由に債務不履行により賃貸借契約を解除することができないと解される(借地法一二条二項参照)が、本件においては、原告らと被告との間において昭和六二年七月一日以降は本件土地の地代を月額金二二万二二〇〇円に増額するとの本件合意が成立したことは前認定のとおりであるから、被告の右主張も、その前提を欠き、採用することができない。

また、被告は、原告らは本件土地の地代が月額金二二万二二〇〇円であると主張し、被告が提供する月額金一二万七六八〇円を内金として受領するところ、これは受領拒絶に当たるから、昭和六三年七月一日以降右金額を有効に供託している旨を主張する。しかし、被告は、本件地代の改訂につき鑓溝隆男に代理権を与え、鑓溝隆男を介して成立した本件合意により本件土地の地代が昭和六二年七月一日以降月額金二二万二二〇〇円に増額されたにもかかわらず、右金額に不満を抱き、これに従おうとせず、当初から月額金一二万七六八〇円しか支払おうとしなかったものであり、本件合意により決まった本件土地の地代支払債務につき債務の本旨に従った支払い、供託をしているとはいえないものであるし、原告らは、被告の同年七月、八月分の地代については一旦はその受領を拒否したものの、その後間もなく右二か月分の地代も受領し、また同年九月分以降は右金一二万七六八〇円が右地代には足りなくてもこれを受領する意思を有し、その意思を被告に明らかにしていたものであることなど本件土地の地代が供託されるに至った経緯は前認定のとおりであるから、前認定の本件の事情の下では、原告らに本件土地の地代につき受領拒絶があったとまではいい難いのみならず、本件土地の地代の支払債務につき債務の本旨に従った供託がなされているということもできない。そうすると、被告による前記供託は、要件を欠く無効なものであるから、被告の右主張も採用することができない。

したがって、抗弁1の主張は、理由がない。

2  被告は、抗弁2において、原告らの主張する本件土地の地代の不払いが認められるとしても、被告は賃貸人である原告らとの間における信頼関係を破壊していないから、原告らの前記解除は無効である旨を主張するので、次に検討する。

抗弁2のうち、被告が昭和六二年一月から同年六月まで月額金一九万〇五〇〇円を原告らに支払い、同年七月以降月額金一二万七六八〇円を原告らに送金し、昭和六三年七月以降月額金一二万七六八〇円を供託していること、原告らが本件土地の地代の算定に当たって本件土地の固定資産税等を基準としていることは当事者間に争いがなく、右事実に、前認定の事実によれば、被告は、本件土地の地代金二二万二二〇〇円を昭和六三年七月一日以降支払っていない状況が続いており、その原因も、被告が代理人鑓溝隆男を介して本件土地の地代を本件合意のように定めたにもかかわらず、これに不満を抱き、本件合意を争うに至ったことにあるということができ、前認定の本件合意がなされた後の被告の地代支払いの状況等に鑑みると、被告の本件土地の地代の不払いの責任は決して軽くはないというべきではあるものの、他方、被告は、その不払いの間も本件合意が成立する以前の地代の二割増しに相当する月額金一二万七六八〇円を、無効ではあるものの、供託することによって支払う意思のあることを明らかにしているのみならず、現在は原告らの主張するように本件土地の地代として本件土地の固定資産税等の3.5倍に相当する金額を地代とすることを承諾し、その金額により過去に支払われた地代との差額を遡って支払ってもよいとの意向を有していること、被告が本件合意にもかかわらずその支払いを争った本件土地の地代は、本件合意が成立する以前の地代の二倍を越えたものであり、本件土地の地代は本件合意により大幅に増額されたものであること、被告は昭和二二年依来長年にわたり本件土地上に本件建物を所有していること、本件建物は被告の子である鑓溝隆男が営業、居住に使用していることなど前認定の原告らと被告との間の本件賃貸借を巡る諸事情に照らすと、原告らの被告に対する本件賃貸借における信頼関係が賃借人としての基本的な義務を怠った被告の右のような一連の行為により揺らいでいることは否定できないとしても、これが破壊されるに至っているものとはいい難いところである。右認定、説示を覆すに足りる証拠はない。

したがって、被告の抗弁2は、理由があり、原告らの本件賃貸借契約の前記解除は無効であるから、原告らの本件建物収去土地明渡請求は、その余の点につき判断するまでもなく、棄却を免れない。

また、本件賃貸借契約の右解除を前提とする原告らの本件土地の賃料相当損害金支払請求も、右解除が無効であるから、理由がなく、棄却すべきものである。

3  もっとも、原告らの昭和六三年七月一日から平成元年六月二日までの間の本件土地の地代として月額金二二万二二〇〇円割合による金員の支払請求については、前記のように本件土地の地代は本件合意により昭和六二年七月一日以降右金額に増額することが合意されたところ、被告は右期間右金額の地代を支払っていないことは前記のとおりであるから、理由がある。

したがって、被告は、本件土地の共有者である原告らに対し、本件土地の地代として昭和六三年七月一日から平成元年六月二日までの間月額金二二万二二〇〇円の割合による金員の支払義務を負うものである。

三よって、原告らの本訴請求は、被告に対して、昭和六三年七月一日から平成元年六月二日までの間月額金二二万二二〇〇円の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官升田純)

別紙〈省略〉

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